【レコードとわたし】Eric Clapton – 461 Ocean Boulevard

国内盤'81年再発。これは浪人中に実家の近所の公園で拾ったやつだと思う。

最初にクリームからクラプトンに入門したので、彼のソロのことは全然知らなかった。

どんだけ無知だったかというと、'87年の武道館に行ったんだけど、イントロでダダダダってギターのリフが始まったら場内みんなうおーって大盛り上がり、僕も「おおお Sunshine Of Your Love だ」と思ってうおーって声をあげたら、始まってみたら全然知らない曲で、それは Cocaine だった、ってくらい、無知。

こりゃいかんと思って、吉祥寺のレンガ館の2階にあったレンタルビデオのドラマ(多分下北沢で有名なあそこの支店だと思う)で、クラプトンの85年のライブを借りてきた。そのビデオの1曲目が Motherless Children、このアルバムのA-1である。

これは借りてる間に何回か見返した。近所にレンタルビデオ屋が出来て、これを見つけてまた借りた。クリームの曲は入ってなかったけど、結構楽しく見れた。

メンツがよくて、キーボードがクリス・ステイントン、ベースがドナルド・ダック・ダン、コーラスがマーシー・レヴィ、サイドギターにティム・レンウィック。

特にティム・レンウィックはかっこよくて、当時の僕のギターはタバコサンバーストのストラトだったんだけど、ティムはタバコにベッコウのピックガードをつけていて、もーそれ見て痺れてしまって、すぐに真似っこしようと思った。

三鷹楽器の吉祥寺店で、ストラト用ベッコウピックガードはあるか訊くと、特注で作ってくれるとのことで、そんなに高くなかったから速攻注文した。店員さんがボディは何色か訊くので、タバコですって言ったら「いやーそれは卑怯だよー」とゲラゲラ笑って褒めてくれた。あれはすごい嬉しかったな。

そのギターを学校に持って行ったら、同級生のロック部の人に「なにそれ気持ち悪い」と言われたんだけど、彼はとんがったジャクソンヘッドのギターの人だったので、彼の「気持ち悪い」は僕には褒め言葉にしかならなかった。

そのギターはマーブルでも散々使って、そのうちセンターピックアップが壊れたので取っ払って、ピックガードを2ピックアップ仕様で作り直して、初期ジンタではよく使っていた。当時はプノンペン竹内と名乗っていたので、プノンペンスペシャルと呼んでいた。

ティム・レンウィックはその後、パルスだったか、ピンクフロイドのライブ映像で再会して感動。僕が今いるのはあなたのおかげです!とか思ってたら、ライトハンド奏法を器用にこなしたりしてて、えええ・・・でもそんなとこもいい!とか思ったりした。

でもティム・レンウィックって、どういう人なのかは全然知らない。85年クラプトンとパルスだけ。我ながらよくこんだけああだこうだ語れるもんである。

このアルバム自体の思い出はあまりないんだよなあ・・・イヴォンヌ・エリマン、なんてったってイヴォンヌ・エリマン。そんな感じ。

ブラインド・フェイスはB、クリームはCところに置いてあるくらい我が家のクラプトン宇宙は狭いんだけど、イヴォンヌ・エリマンですらYのところに置いてあります。なんか悪いね・・・。まあドミノスはEのところに置いたから。さすがに。Dの隣だから曖昧だけど。

【レコードとわたし】Derek And The Dominos – Layla And Other Assorted Love Songs

国内盤'79年再発。黄色い帯のシリーズを新品で購入。高校3年かなー。クリーム買い終わって、ブラインドフェイスも買って順番にこれ、って感じで。

リトルウィングと言えば僕にとってはジミヘンのしかもイン・ザ・ウェストだった。高校の時にやってたバンドのベース担当スポック(石川くんのあだな)が、ある日突然「けいちゃんワウ持ってるし、これできると思うんだよ」って音源を持ってきたのだ。

イン・ザ・ウェストのバージョンはコーダがあって、そこでワウが使われていて、それで最近僕がワウを買ったってんで、スポックはこの曲をやる事を思いついたらしい。

なんでこのバージョンだったのかというと、当時出版されていたジミヘンのバンドスコアに載ってたリトルウィングがこれだったからってだけなんだけど。

イン・ザ・ウェストのこの曲は、Bold As Love のスタジオバージョンよりシンプルで(だから採譜しやすくてスコアに載ってたんじゃないかな)、ソロもすごくいいんだけど、今サブスクリプションサービスで聴けるそれはまったく違う音源で、なんでそういう事するのか、と思う。遺族の意向なのだろうか。今は別のベスト盤に収録されていて、それでサブスクでも聴けるようにはなっている。

そんなわけでこのアルバムを聴く前にすでに人前でも演奏していたリトルウィングである。このドミノスバージョンのアレンジを許せるはずはなかろう。

それに限らず全編大仰だし、3本のギターの音域が全部近くてしかも高め、耳が痛くて、とても好きになれなかった。とにかく音が多くて多くて、すでにフリーの大ファンだった僕は、こんな隙間のない音楽は合わなかった。

でもちょっといい思い出も少しはあって。

前述したとおり当時憂歌団のファーストが大好きだったんだけど、憂歌団の事は、なんというのか、浮世離れしているというか、人間とは別の存在というか、どういう世界の住人なんだろうくらいに思っていた。

でもこのアルバムを買ったらなんと、憂歌団のファーストに入ってるキー・トゥ・ザ・ハイウェイとドツボ節の2曲が、ここにも入ってるではないか。偶然かとも思ったけど、2曲もかぶっている、しかもクラプトン、しかもドミノス、ロックの王道ど真ん中。憂歌団の人たちも、クラプトンを好きで聴いてたりしてたんだなー、と、なんとなく近く感じられるようになったのであった。ありがとうドミノス。

ところで我がバンドのベース担当のスポック、彼の実家はペットショップなんだけど、どういう話の流れか忘れたが、彼が「犬や猫に人間の食べ物をあげてはいけない、人間の病気になるから」と力説した事があった。最初は「へー」なんて豆知識みたく受け止めたけど、なんだか人間のエゴというか、醜さというか、身勝手さを感じてしまった。今でもこのスポックの言葉をふと思い出して、ドスンと心に重いものを感じる事がある。

スポックとは10年以上前に、高校の同窓会主催のパーティで会った。ほとんど顔が変わってなかった。高校生の頃から思ってたが、みんながいうほどスポック、つまりレナード・ニモイには似てなくて、どっちかというとエリック・バートンかロニー・レインによく似ていると思う。久しぶりに会った彼は少し歳を重ねて、ロニー・レイン度が格段に上がっていた。

今ここで言ってどうなるもんでもないけど、まあいいか。

【レコードとわたし】Electric Light Orchestra – Discovery

国内盤'79年オリジナル。

これはマンションのゴミ置き場レコードかな。ほこりの音がすごくて残念な状態。元々がコンプぺったぺたの音だから、ホコリがひどいと歪んでるんだかこれでいいんだかよくわかんないんだよね。いいコンプも悪いそれに聴こえてしまう。だからあまり聴いてない。

けどConfusion と On The Run だけは中学生の頃から馴染みの曲だった。

中学生の時、僕の親父さんが、お得意さんからいらないカセットテープをもらってきたことがあった。ビートルズサイモンとガーファンクルの自作ベストはなかなか勉強になった。それとメン・アット・ワークのノックは夜中にとダウンアンダーとか、フリオ・イグレシアスのビギン・ザ・ビギンとか、当時のヒット曲が入った自作オムニバスがあって、それもよく聴いた。

その中に Confusion と On The Run が入ってて、いい曲だなーと思って聴いていた。これが ELO という人たちの曲だと知った経緯はまったく覚えてない。

中学2年生の時に新任の英語の先生がやってきて、自己紹介でELOが好きだと言っていた。当時FMステーションにカセットの背表紙(っていうのか?)のところのラベルが付録でついてたんだけど、それのELOのやつがあまってたので、切り取って先生にあげた。他意はなかったんだけど、若い女性の先生だったから、ちょっと周りに冷やかされた。

その先生は女だてらに腕相撲が強く、当時笑っていいともで素人参加の腕相撲コーナーがあったんだけど、夏休みだか長期休暇中にそれに出演して、生徒の度肝を抜いたのだった。勝敗は覚えてないけど、とにかく後日すんごい話題になって、先生はそれからしばらくお楽しみ会とかにおいて腕相撲ネタで活躍するのであった。

でも名前は忘れてしまったよ・・・先生すみません。

最近ラジオ聴いて、いい曲だなって思うとELOだったって事が多い。ELOの曲でオンエアされたものにハズレがない。どうやら僕はジェフ・リンが好きらしい。

何年か前に、堀内くん(バブルバス、無頼庵)、石垣くん(フリーボ)、吉井くん(ヨシンバ、カランツバターサブレ)、玉川さん(ヒップゲロウ、コモンビル)、田所せいじで飲んだ時、このメンツでなんかできたらおもろいなーっ話になって、なんかトラベリング・ウィルベリーズみたいだな、って言ったんだけど、あの中で僕は誰にあたるのかなーとふと考えた時、他の人と比べて知名度が低くてペーペーな感じが、ジェフ・リンかも知れないなと思った。

他のメンツは誰が誰か、考えるとちょっと楽しい。

飲んだ席でこういう話は立ち消えになってしまうのが常なのだけど、いつかできたら嬉しいです。

【レコードとわたし】The Electric Flag – An American Music Band

国内盤’68年オリジナル。

浪人中に買ったレコードコレクターズ(多分サザンロック特集)に、エレクトリックフラッグの1stの再発のレビューがあって、そのレコジャケがかっこよくて、バンド名もかっこいいし気になっていた。メンバーじゃない美人がいるジャケって、おはずかしながらわりと好き。

大学1年になって、西新宿七丁目のアメリカンロックが強い店(名前を思い出したいんだけどなあ・・・結構買ってるのに)でこれを見つけて、そんなに高くないので買った。

ブルースロックってよりかブラスロックっぽい。同じCBSだからか、BS&Tと印象が近い。’68年のホーンセクションの音って事なのかも知れない。

あまり聞かなかったけど、これのA-2でサニーという曲を知った思い出のレコードではあった。

【レコードとわたし】The Doobie Brothers - Best Of The Doobies

国内盤'76年オリジナル。

これも拾い物だけど、マンションのゴミ捨て場(こちら参照 )じゃなくて、浪人中かな、実家の近所の公園のゴミ捨て場に何枚も捨ててあったうちの一枚。

浪人中のまんじりともしない深夜、近所を散歩してたら見つけたんだった。当時はそんなにレコードをたくさん買う習慣がなかったから、大量のレコードを前に超盛り上がったな。

他にも対自核とかジョー・ウォルシュのミラーボールのやつとかあったのを覚えてるけど、まだそんなに音楽知らなくて拾わなかった。まだ高校卒業したばかりだったし。もったいないことした。

高校2年生の時にテレビで憂歌団を見て、ファーストのLPを買って、たまらなくなってライブも見に行った。ライブは今まで見たことのないくらい多幸感溢れるもので、震えるくらい感動してしまった。

途中、ちょっとした出し物があるんだけど、ギターをジャンジャカかきならして木村秀勝が「ウィーアードゥービーブラザーズ!」って叫ぶコーナーが毎度お馴染みだった。で、最後に「ドゥビドゥバー」って言って終わる。

ドゥービーといえば、コカコーラのおまけになってたような記憶がある。それと矢沢永吉のバックバンド。そんなイメージしかなかった。小学生の頃の、大人が聴く音楽。 そのイメージとこのジャカジャカがあまりつながらなくて、ああいう曲もあるんだろうなーくらいに思ってて、そこへこのベスト盤がふいにやってきたわけ。

A-1 チャイナグローブ、これだー!そりゃ感動するよ。すぐにギターコピーするよね、それが人情。

Takin’ It To The Street、当時はトム曲パット曲のかっこよさにやられてピンとこなかったけど、AOR路線とのバランスがとてもよくて超かっこいい。ベースの音がでかくて、まるでベースの教則音源。これがまたゲンゴンゲンゴンと倍音たっぷりのいい音で、CDだとどう聞こえるんだろうと気になった。

今調べたら、コカコーラのおまけシングル、結構オークションとかメルカリに出てる。記憶に間違いはなかった。よかったー!最近ほんと記憶捏造が多くてショックだったのでほっとした。

【レコードとわたし】Doc Watson - Out In The Country

US盤'82年オリジナル。'89年、浪人中にお茶の水ディスクユニオン1号店にて新品を購入。

高校の時はずっとエレキばかりで、アコギは弾いたことがなかったし弾くつもりもなかった。

'89年の春だったか、ちょうどこの頃リトルフィートの再発があって、レコードコレクターズでも小特集があったと思う。それでセイリンシューズを試しに買ってみたら、思ったより南部な感じじゃなくて、最初は失敗したと思った。

でも何度か聴いてたらもうはまってしまって、Willin' が弾きたくて、近所でフリーマーケットがあった時に素性もわからないボロボロのアコギを買った。2,000円だった。

中学の同級生だったピン太くんは高校の時にフォークソング部に入っていて、彼の家に遊びに行くとよく得意な曲を弾いて聴かせてくれた。それがポール・サイモンで有名なアンジーと、ドク・ワトソンのウィンディ&ウォームだった。

アコギを買ったからには、ウィンディ&ウォームは弾けるようになりたい。アンジーはちょっと難しそうだから、まずはこっち。

早速ピン太くんの所有のTAB譜をコピーしてもらって、がんばって練習した。聴くと難しそうなんだけど、ギタリスト的に気持ちの良いところをつく事をやっていたので、わりと早めに弾けるようになった。

音源が欲しかったんだけどなかなかウィンディ&ウォームはなくて、とりあえずドク・ワトソンを知りたくて買ったのがこれ。ジューズハープだけの曲とかあってかなり渋い内容だったけど、思ったよりもツボにはまって、結構聴いたと思う。

結局、このままこの路線を掘り進めたりはしなかった。そこまでするにはやっぱり渋すぎたかなー。

【レコードとわたし】Daryl Hall & John Oates – Rock 'N Soul Part 1

国内盤'83年オリジナル。

中学3年の1月、もう受験間近って時に、体育の時間に足を骨折した。それから自宅で安静になって、ずっと学校に行かず、茶の間に急遽買った簡易ベッドをおいてそこで過ごした。

この年の冬は大雪で、松葉杖をつきながらの受験は大変だった。

受験が終わってしばらくしたら、家に先生と、誰だったかなー、学級委員二人かな、がやってきて、このレコードを持ってきてくれた。クラスのみんなでお金を出し合って、お見舞いという事で買ってくれたのだ。

誰のアイデアだったんだろう。生まれてはじめて買ったCDがホール&オーツの Big Bam Boom で、夢中になって聴いてたので、それを知ってた前述の菊地くんだったのかな。

結局しばらく学校には行けなかったので、ろくにお礼も言えなかったと思う。3年A組のみなさんありがとうございました。

前述の卒業旅行にカセットに録音したものを持って行ったので、やはりこれも旅行の風景や空気や松葉杖を思い出す。

今日改めて聴くと、自然と歌ってしまって全然耳が傾けられない。でも裏声が出なくなったなあ。